コラム

2018/03/01共存に向けて~フィリピンのムスリム~

国際本部  研究員狩野 未樹子

フィリピンは東南アジア唯一のキリスト教国と呼ばれており、キリスト教系信者は人口の9割以上に該当すると言われている。その所以はスペインによるおよそ350年にもわたる植民地支配にあり、スペイン入植者たちが支配を進めるためにフィリピン人への布教を積極的に行ったことに由来する。現在でも熱心な信者が多く、毎週日曜日は教会へ欠かさず参拝に行ったり、ジープニー(フィリピンの乗り合いバス)に乗っていて教会の前を通り過ぎる際に十字を切る人々の光景を現地滞在中に幾度も見かけた。

一方、人口の約5%1 を占めるイスラム教徒は13の民族グループに分類され、主にマニラがあるルソン島の南方に位置するミンダナオ島や、その周辺諸島に多く住んでいる。多くのムスリムがそれらの地域より職を求めてマニラ首都圏に出稼ぎや移住をし、ムスリムコミュニティを形成しているが彼らは圧倒的少数であり、ムスリムのコミュニティは社会的に疎外されているイメージが強い。

リサーチを行ったマニラ首都圏のあるムスリムコミュニティでは、周囲を高いセメントの壁と有刺鉄線のフェンスで囲まれた約5ヘクタールの土地に2万人が密集して生活しており、医療施設がコミュニティ内に無いなど外部に比べても必要な行政サービスが行き届いていない様であった。また、外部のキリスト教徒が足を踏み入れることはほとんどないとのことであり、宗教的な違いによりコミュニケーションの壁が大いに作られているように感じられた。

ムスリムコミュニティの外に出ても彼らへの偏見は根強く、インタビューをさせてもらったあるムスリムの女性は、イスラム教徒だということが分かると雇ってもらえないのでキリスト教徒だと偽って就職をしたと言っていた。また、別のムスリムの女性はヒジャブ(ムスリムの女性が被るスカーフ)を着用していると、タクシーがなかなかつかまらないと嘆いていた。

フィリピンは基本的に人種的に均一と言われているが、異なる宗教による国民同士の壁が思いの他強いことを現地での生活を通して身を以て感じた。だが、宗教が違っても、底抜けに明るい国民性には違いがない。リサーチを行ったコミュニティでは、大人から子どもまで笑顔で気さくに対応してくれたことが懐かしい。

政策レベルでは、ミンダナオ地域に政治的・経済的により独立した新しいムスリム自治政府を設立する動きもみられるが、フィリピンに散在して暮らしているイスラム教徒とそれ以外の人々の積極的な共存は皆が平和に暮らしていくためには避けられないだろう。根深い社会構造を変えるのは困難が伴い長い道のりと思うが、人々が安心して仲良く幸せに暮らせるよう、フィリピンの将来に願いをこめたい。

ムスリムコミュニティ内のモスク前の通り
マドラサ(イスラム教の授業)で学ぶ生徒たち

Philippine Statistics Authority, 2015 Census of Population

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