コラム

2016/04/01「北越雪譜」と地域開発

調査本部  上席研究主幹兼政策調査部長中村 研二

毎年1月には、家族で新潟の越後湯沢にスキーに行くことにしている。今年は、雪が少なく、いつもは雪だらけの越後湯沢も、町に雪が積もるでもなく、春スキーといった風情だった。

雪が少ないので、スキーばかりやっていてもしょうがないので、以前はよく乗っていたのだが北陸新幹線開業後は乗る機会がなくなった北越急行で、塩沢の街にいくことにした。

塩沢といえば、鈴木牧之の江戸時代のベストセラー本である「北越雪譜」。早速、鈴木牧之記念館に行った。もう数10年前のこととなるが、大学入試の模試を受けていて「新潟の雪の生活を描いて江戸時代にベストセラーになった本は何?」という問題で、鈴木牧之「北越雪譜」と解答できず、それ以来イメージが悪く食わず嫌いだったのだが、記念館をみて塩沢の街を散策したら、「北越雪譜」がとてもイケてる本であることがわかった。まさに、地域開発業界関係者必読文献である。

同書は、最初、雪の結晶の図を示して、雪のウンチクから始まる。東京だと雪は湿ってすぐ溶けるから気づかないが、塩沢の街で、服にかかる雪をみると、確かに鈴木牧之の言うとおり、きれいな結晶に見える。街歩きをするときに、読むとおもしろいということになる。次に、雪の中で生活するために必要なことが「雪の用意」として示される。その後、雪道、吹雪、雪中での洪水の話等、雪国での生活がどれだけ大変かこれでもかこれでもかと記載があり、確かに江戸時代ここで生活し、雪と格闘するのは避けたいと思われてくる。その後、雪虫の話とかがあり、確かに北海道でも雪が降るころになると、「小っちゃい虫飛んでたな」といったことが思いだされ、雪国に住んでいたことのある人の心をギュッとつかむ。 そのあと、塩沢の質屋の経営のほか、多角経営でいろいろ商売していた鈴木牧之らしく、商売系のウンチク大披露(越後魚沼名産の縮織、さらし、流通)がある。ここを読めば、江戸時代の繊維産業の動向はばっちりである。

ウンチク大披露の後は、雪山での遭難の話や、雪山登山中に、弁当を忘れた人に頼まれお金欲しさに弁当のおにぎりを売ってしまい、その後、空腹でパワー不足となり死んじゃったかわいそうな人の話、幽霊の話とか、雪山で燃える火の話(天然ガスが燃えていた)、熊に助けられた人の話等の不思議系の話が続き、遠野物語っぽい感じで読める。

確かに内容はおもしろいのであるが、この本の最大の売りは挿絵である。岩波文庫版だと挿絵が小さくてイメージがわかないので、是非、江戸時代に流通した初版本の挿絵をみることをお勧めする。初版本は、文末で紹介した国立国会図書館デジタルアーカイブスで見ることができる。初版本は、文章は崩し字っぽく書いてあるのでマニアしか読めないが、豊富な挿絵があり、これを拡大してみていくと、文章はあまり読まなくても内容が理解できる。これは、スマホでも見ることができるので、塩沢を歩きながら、お気に入りの挿絵にアクセスしながら楽しむとよいと思う。江戸時代にベストセラーになったのは、マンガみたいなこの挿絵のおかげと言われている(ただし、鈴木牧之は絵がうまく、原著では、いけてる挿絵を描いていたが、編集者の山東京山(山東京伝の弟)が,江戸で出版するには、田舎者の描いたしょぼい絵だと売れないだろうという大変失礼な理由で、江戸のプロの画家に書き直させたものとのことだが、さすが、江戸時代のベストセラー版元お抱えの挿絵画家、いい感じの挿絵が目白押しである。

地域開発業界でご飯を食べているものとして、この本を読んで感心させられるのは、地域の実情を難しい言葉でなく、ウンチク、面白話をはさんで、地域産業の動向や生活習慣を情報発信し、それをイケてる挿絵満載で楽しく読める形にしていることである。当時、この本をみて、越後にいって雪国生活体験しようと思った人は多かったのではないか。

飲み会で披露するウンチクをお探しの向きにも、同書はぜひおすすめである。そして、その飲み会で飲むお酒は、塩沢地元の酒蔵 青木酒造の「鶴齢」で決まりである。青木酒造は、鈴木牧之の息子の弥八の婿入り先で、鶴齢の名も鈴木牧之が命名したと言われているとのことである。

仕事がしょぼくて気分転換したい日の夜、「鶴齢」を飲みながら、北越雪譜をぱらぱら見る(正確には、デジタル・アーカイブの挿絵を拡大して、絵を見て楽しんでいる)と、越後の田舎者だと江戸の文化人に軽くみられ、地元で、手堅い商売をしながら、江戸での出版に当初構想から30年もかけて関係者を説得し、67才になって、同書を出版した鈴木牧之の地域を愛する熱い想いがしのばれる。出版当時の鈴木牧之に比べまだまだ若い当方も、こんな熱い想いで地域開発業務ができたらよいのにと思うが、頑張りが苦手な当方には高いハードルで、「鶴齢」を飲んで寝ることになってしまうのであった。

 

(注)国立国会図書館デジタルアーカイブで、「北越雪譜」初版本へのアクセスは、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/767984

なお、岩波文庫も原文なので、古文を読むのはめんどくさいぜ、という人には、ネット上で、各種現代語訳が流通しているので、参照のこと。

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